事業承継における非上場株式の評価と相続税リスク:円滑な承継のための対策
はじめに:事業承継と非上場株式の重要性
会社経営者の方々にとって、事業承継は企業の永続性を確保し、次世代へ円滑に経営を引き継ぐ上で避けては通れない重要な課題です。特に、事業承継においては、多くの場合、企業の株式が承継対象となりますが、上場企業とは異なり、非上場株式の評価は複雑であり、相続税・贈与税のリスクを内包しています。
適切な事業承継計画を策定せず、非上場株式に関する対策を怠った場合、予期せぬ多額の税負担が生じるだけでなく、経営権の不安定化や後継者間の紛争に発展する可能性も否定できません。本記事では、非上場株式の評価が持つ特性と、それに伴う相続税上のリスクを深く掘り下げ、これらのリスクを軽減し、円滑な事業承継を実現するための具体的な対策について解説いたします。
非上場株式の評価方法と相続税上の特性
非上場株式は市場価格が存在しないため、税法上の評価方法が定められています。その評価方法は企業の規模や状況によって異なり、相続税額に大きな影響を与えます。
1. 非上場株式の主な評価方法
非上場株式の評価方法は、主に以下の3つが挙げられます。
- 類似業種比準価額方式: 評価対象会社と事業内容が類似する上場会社の株価を基準とし、配当金額、利益金額、純資産価額の3要素で評価対象会社に比準して評価する方式です。類似の上場会社のデータが参照されるため、市場の動向が評価に影響を与える可能性があります。
- 純資産価額方式: 評価対象会社の資産から負債を差し引いた純資産価額を基準に評価する方式です。企業が保有する土地や建物などの含み益が評価に反映されるため、特に多額の不動産を保有する企業では、評価額が高くなる傾向があります。
- 配当還元方式: 評価対象会社が将来にわたって生み出すと見込まれる配当金をもとに、一定の還元率で現在の株価を算出する方式です。この方式は、会社規模が小さい場合や、同族株主以外の株主が評価対象となる場合に適用されることがあります。
これらの評価方法は、企業の状況や株主の区分(同族株主か否かなど)によって適用が異なり、評価額を大きく左右します。例えば、純資産価額方式は企業の保有資産が評価に直結するため、含み益の大きい不動産等を多く保有する企業では、予想以上に評価額が高くなることがあります。
2. 相続税上のリスク要因
非上場株式の評価額が引き上げられる要因は多岐にわたります。
- 高額な評価額: 特に純資産価額方式では、帳簿価額と時価の乖離が大きい資産(不動産など)を多く保有している場合、評価額が著しく高額になる可能性があります。また、企業が過去に多くの利益を計上し内部留保を厚くしている場合も、純資産価額が上昇し、結果として株式評価額が高まる要因となります。
- 納税資金の不足: 非上場株式は換金性が低い資産であり、評価額が高額であっても、実際に売却して納税資金を捻出することが困難な場合があります。これにより、後継者や相続人が多額の相続税を支払うことができず、事業継続に支障をきたす可能性が生じます。
- 経営権の分散: 相続人が複数いる場合、株式が分散されることで経営権が不安定化したり、将来のM&Aや事業再編に支障が生じたりするリスクがあります。特定の承継者へ株式を集約しようとする場合、他の相続人への代償金支払いや贈与税の発生も考慮しなければなりません。
これらのリスクは、適切な事前対策がなければ、円滑な事業承継を妨げ、企業の存続そのものに影響を及ぼす可能性があります。
円滑な事業承継のための具体的な対策
非上場株式の評価とその税務リスクを踏まえ、以下のような具体的な対策を講じることが考えられます。
1. 株式評価額の引き下げ対策
相続税の負担軽減を目指す上で、非上場株式の評価額を合法的に引き下げることは有効な手段の一つです。
- 役員退職金の支給: 適正な範囲での役員退職金の支給は、会社の資産(純資産)を減少させるため、純資産価額方式による株式評価額の引き下げに寄与します。ただし、退職金が高額すぎる場合や、支給時期によっては税務上の問題が生じる可能性があるため、慎重な検討と専門家への相談が不可欠です。
- メリット: 純資産価額の直接的な減少、法人税の損金算入。
- デメリット: 会社の資金流出、役員退職金の適正額の判断の難しさ。
- 遊休資産の処分・有効活用: 会社が保有する収益性の低い不動産や遊休資産を売却し、収益性の高い事業投資に転換することで、資産の効率化を図るとともに、純資産価額の調整に繋がる場合があります。
- メリット: 資産のスリム化、資金の有効活用。
- デメリット: 売却益による一時的な法人税負担、売却損の可能性。
- 自社株式の買い取り: 会社が自己株式を買い取ることで、発行済株式総数が減少し、1株当たりの評価額に影響を与える可能性があります。また、経営者の手元から株式を減少させることで、将来の相続財産を減らす効果も期待できます。
- メリット: 株式の集約、相続財産の減少。
- デメリット: 会社の資金流出、株主構成の変化、税務上の慎重な検討が必要。
これらの対策は、個社の状況や財務状況に応じて効果が異なります。実施にあたっては、会社の経営状況や将来計画と整合性を取りながら、税務・法務の専門家と連携して進めることが重要です。
2. 納税資金対策
評価額が高い株式を承継する場合でも、納税資金の確保ができていれば、事業継続への影響を最小限に抑えることが可能です。
- 生命保険の活用: 経営者を被保険者とし、法人を契約者・保険金受取人とする生命保険に加入することで、万一の際に保険金を法人が受け取り、その資金で自社株式を買い取る、あるいは承継者が保険金を受け取り納税資金に充てるという方法が考えられます。
- メリット: 計画的な納税資金の準備、会社の財務基盤強化。
- デメリット: 保険料負担、適切な契約形態の選択が必要。
- 金融機関からの融資: 金融機関と事前に相談し、事業承継時の納税資金のための融資枠を設定しておくことも一案です。
- メリット: 必要な資金を必要なタイミングで調達できる可能性。
- デメリット: 利息負担、会社の信用力に依存。
3. 事業承継税制の活用
国の政策として、円滑な事業承継を支援するための税制措置が存在します。
- 特例事業承継税制(法人版・個人版): 一定の要件を満たすことで、相続・贈与により取得した非上場株式に係る相続税・贈与税の納税が猶予され、さらに承継者の死亡時などには猶予された税額が免除される制度です。
- メリット: 納税負担の劇的な軽減、事業継続への貢献。
- デメリット: 厳格な適用要件、納税猶予後の事業継続要件(雇用の維持、資産管理等)、税制取消事由(売却、M&A等)に該当した場合は猶予税額と利子税の支払いが発生するリスク、継続的な事後報告が必要。
この制度は大きなメリットがある一方で、非常に複雑な要件と事後管理が求められます。適用を検討する際は、専門家と十分に連携し、自社の状況に合致するか、将来のリスクも踏まえて総合的に判断することが不可欠です。
4. 事前対策としての組織再編・信託の活用
より長期的な視点に立ち、組織構造自体を見直すことも有効な対策となり得ます。
- 持株会社化: 経営者や後継者が持株会社を設立し、その持株会社に事業会社の株式を集約させることで、株式の分散を防ぎ、将来的な相続税対策や経営権の強化を図る場合があります。
- メリット: 経営権の安定、組織再編による税務メリットの可能性、グループ内での資金移動の柔軟性。
- デメリット: 設立・維持コスト、複雑な組織構造、税務上の落とし穴。
- 遺言や信託の活用: 遺言により特定の承継者へ株式を集中させる意思を明確にすることは、後の紛争防止に繋がります。また、民事信託を活用することで、経営者の生前から株式の議決権行使や配当受取権を承継者に移転しつつ、名義を信託財産とすることで、将来の相続発生時の株式の分散リスクを低減し、スムーズな承継を実現することが可能になります。
- メリット: 経営権の確実な承継、相続時の紛争防止、柔軟な財産管理。
- デメリット: 専門家への相談が必要、組成コスト、信託契約の内容によっては思わぬ制約が生じる可能性。
これらの対策は、会社の長期的なビジョンと連動させて検討する必要があります。
結論:早期かつ複合的な対策の重要性
非上場株式が関わる事業承継は、単に株式を後継者に引き継ぐという行為以上の、多岐にわたる法的・税務リスクを内包しています。特に、株式の評価額が相続税に与える影響は大きく、納税資金の確保、経営権の安定化、さらには相続人間の紛争防止といった課題に直結します。
これらのリスクに対応するためには、早期の計画立案と、株式評価額の引き下げ、納税資金の確保、事業承継税制の活用、そして必要に応じた組織再編や信託の活用といった複合的な対策を講じることが極めて重要です。
事業承継は、企業の永続と経営者のご家族の安寧を確保するための最重要課題の一つです。個々の状況に応じた最適な対策は異なり、専門的な知見と経験が不可欠となります。事業承継を検討される際には、税理士、弁護士、司法書士といった専門家と連携し、包括的な視点から計画を進めることをご検討ください。